シェリル・アー 店主のひとり言

自然。暮らし。ココロ。日々思うことをつらつらと書きとめています。

理想のカフェのイメージ集め

カフェを始めると決めて、最初に取りかかったのは設計士への相談でした。


パン屋を営んでいた頃からお世話になっていた、住宅設計専門の先生。


信頼のおけるその方に図面を依頼したのだが——
正直なところ、その時はまだはっきりとしたイメージがありませんでした。

 

「きっと、やり取りするうちに自然と形になっていく」
そんなふうに、私は少し安易に考えていたのかもしれません。

 

でも、そこから思いがけない展開が始まりました。

 

ふとしたことから、私は好きなインテリアや空間の写真を夢中で集めるようになっていました。


高級ブティック、ホテルのティールーム、
ヨーロッパの街角のカフェ…
どこかで見た風景、香り、質感を思い出すように、
「好きだ」と感じたものをスクラップしていき

その資料を、友人がひとつひとつ丁寧に吟味してくれました。


この雰囲気は好き、この色は少し違うかも——
ふたりでやり取りを重ねていくうちに、
当初の「何もなかった」イメージが、少しずつ輪郭を帯びていきました。

 

その頃、私が特に惹かれていたのは、
“魔法の本のような世界観”でした。

 

アンティークの本棚、小さなランプ、ドライフラワー、
ほんのりと香るコーヒーとバターの匂い。


ページをめくるたびに世界が広がるような、
そんな空間をつくれたらいいなと思っていました。

 

けれど、実際に完成したカフェは、
フランスのブティックのようなファサードと
エステサロンのような内装という、
予想を超える洗練された姿に。

 

「ここがカフェなの?」と驚かれるような、
ちょっとした非日常の入口。


当初のイメージとはまったく異なるけれど、
確かに「私たちらしさ」が宿る場所になっていきました。

 

導かれるようにして集まった“好き”たちが、
現実の空間に魔法をかけてくれたのかもしれません。

 

— 後日談 —

実を言うと、このイメージ集めの時期に、ひとつ大きなすれ違いがありました。

 

最初に図面をお願いしていたのは、
私がパン屋を始めた時にもお世話になった、信頼している設計士の先生。
その方に再びお願いできることが、当初は本当に心強かった。

でも、カフェという空間づくりを進める中で、私たちは次第に
「デザインは別の人に」「設計は先生に」という形で
コラボレーションができるのでは、と思いはじめていたです。

 

しかし、それは大きな勘違いだった。

 

先生は、空間のデザインから設計までをすべて一貫して担うスタイル。
そこに別のデザイナーを挟むという発想そのものが、
意匠デザインの流儀では“言語道断”でした。

 

結果として、私はその無理解で先生に嫌な思いをさせてしまいました。

 

もちろん悪気はなかったけれど、
“信頼していた方ち対して失礼な行いをしてしまった”という事実が、
今も私の胸の奥に静かに残っています。

 

そして、友人の発案で紹介されていたデザイナーにも結局はお願いしませんでした。

 

最終的に私たちは、飲食店専門の設計事務所に依頼することにしました。

 

あの一連の出来事から、
「人の信頼に応えること」や「誰かの仕事の流儀を尊重すること」の大切さを、
深く学ばせてもらった気がしています。

 

あの時、先生にちゃんと謝れていただろうか。
いま思えば、もっと誠意を込めた言葉があった気がしてなりません。

 

この場を借りて、もう一度だけ。
本当に、ありがとうございました。

なぜ、カフェだったのか

カフェをやろう——

そのきっかけは、自分自身の夢というよりも、

友人の「恩返し」の想いから始まった。

 


友人は地元・文京区で生まれ育ち、

「この地域の人たちに何かを返したい」と考えていた。

その想いが、カフェという形になっていった。

 


場所は、最寄駅から徒歩5分。

ファミリー層の多い住宅街でありながら、

名門大学が並ぶ穏やかな街並み、小石川植物園も近い。

緑と知性が交差する、心地よい空間が広がっている。

 


私たちは「どんなお客様に来てほしいか」を思い描きながら、

少しずつ、店舗のデザインを練っていった。

 


学生、親子連れ、ご年配のご夫婦、

静かに本を読みたい人、ふと気分転換したい人——

日常の合間に立ち寄りたくなるような、そんな場所を目指していた。

 


オープンの約半年前、

大学時代にアルバイトしていた目白の喫茶店のカフェ ルプティニことをふと思い出す。

その店は、12年前に南軽井沢へ移転していた。

私たちは視察を兼ねて、その地を訪れることにした。

 


店は記憶の中と同じ、どこか懐かしい雰囲気を残しながら、

時間の流れを経て、より深みを増していた。

 


思いがけず、そこでドリップコーヒーの研修を受けさせてもらえることになった。

あの頃の自分と、これからの自分が静かに交差するような時間だった。

 


こうして、“カフェプロジェクト”が、ゆっくりと動きはじめた。

カフェを始めようと思ったきっかけ

カフェの話が降りてきたのは、

田舎でパン屋をやっていた時のこと。

それは、カフェをオープンするちょうど2年前の出来事だった。

 


苦楽を共にした、同じ学舎の友人が

「自社ビルの一角でマルシェをやりたい」と言ってきた。

 


そのマルシェのスタートは、

別の人が水曜日の運営を担当することから始まった。

 


やがて参入業者が増え、取りまとめが必要になり、

その役割が、なぜか私にまわってきた。

 


果物屋、自然栽培の野菜、東北の野菜ジュース、酵素玄米など——

それぞれのこだわりを持った出店者たちが、曜日限定で営業していた。

 


けれど、しばらくして残ったのは、

土曜日の私の米粉パン屋と、自然栽培の野菜だけ。

 


いつしか、マルシェはひっそりと静かな空間になっていた。

 


その場所の裏側には、大きな倉庫があった。

分厚い壁一枚をへだてたその奥に、友人がぽつりと言った。

 


「ここをカフェにしたいんだよね。」

 


私は笑って受け流した。

まさか本気だとは、思っていなかったから。

 


——1年後。

「ほんとうにカフェをやりたいんだよね」と友人が言ったとき、

私は即座に口にしていた。

 


「私にやらせて!」

 


そして、言ったあとの静けさの中で、思った。

 


——さて、どうしよう?

私にはカフェの経験なんてない。

パンはプロだけど、その他はまるで素人だ。

 


でも、なぜだろう。

できる気がしたのだ。

パン屋になる前の話

昼も夜もない毎日だった。

 


印刷会社のデザイナーとして働いていた頃、

やりがいもあったし、任されているという充実感もあった。

 


だけど、ふとした瞬間に気づいてしまった。

「私には、趣味がない」

 


仕事がすべて。

人生の輪郭が“肩書き”と“責任”だけになっていることが、少し寂しく感じられた。

 


そんなとき、ふと思い出したのが、昔から好きだったパンづくり。

 


どうせやるなら本格的に、と天然酵母パンの教室に通うことにした。

33歳のときのことだった。

 


私は何事も形から入るタイプで、

まだパンを焼きはじめてもいないのに、

頭の中ではすでに店名も、つくるパンの種類も、

ログハウスの外観まで思い描いていた。

 


田舎に一戸建てのログハウスを建てて、

そこでイートインもできるようにして…。

「老後、60歳をすぎたら、そんなお店をやろう」

そう思っていた。

 


それはまだ、“遠くて優しい夢”だった。

 


けれどその数ヶ月後、妊娠がわかり、

人生の時間軸が突然「今ここ」に引き寄せられた。

 


出産後の生活。

この子を育てながら、私はどう生きていくのか。

 


仕事は好きだった。だから続けたいと思った。

でも、あのハードワークはもうできない。

 


そして私は、仕事を辞めて、子育てを優先する道を選んだ。

 


妊娠中は、大好きだったものが食べられなくなることがあると聞いていた。

まさか、私もそうなるとは思っていなかった。

 


毎日のように通っていた近くのパン屋さんの香りすら、急に受けつけなくなってしまって、

パン教室に通うこともいったんお休みすることにした。

 


そのまま出産を経て、子どもが1歳を過ぎる頃までは、

パンづくりからは少し距離を置いていた。

 


けれど、不思議なことに。

パンを焼く手は止まっていても、心のどこかではずっと「続いていた」。

 


久しぶりにパン教室の扉を開いたとき、

新しいコースが誕生していることを知った。

 


それは、自家製酵母のパンを焼くための専門的なコース。

天然酵母の中でも、果物やお米から酵母を起こす、もっと“命に近いパンづくり”。

 


私は迷わず、そのコースに申し込んだ。

そしてすべてを学び終えることができた。

 


それからしばらくして、私は本当にパン屋を始めることになる。

でもそれはまた、別の物語として——。

 

母と喫茶店と、私のカフェの原点

小さい頃、私はバレエを習っていた。

レッスンの帰り道、ごくたまに母が連れて行ってくれる喫茶店が、なによりの楽しみだった。

 


私はいつも、ホットケーキとクリームソーダ

母はコーヒーだけ。

 


でも決まって言うの。「りかちゃん、一口ちょうだい」って。

 


嬉しくて、ちょっと誇らしくて、私はいつもスプーンを差し出していた。

 


高校生になっても、母との喫茶店タイムは続いた。

学校帰り、母の仕事終わりに合わせて、駅前の喫茶店で待ち合わせ。

 


「ここのコーヒーゼリー、美味しいのよ」

「今日はホットサンドがあるわね」

 


そんな何気ないひと言の中に、母の“日常を楽しむ力”を感じていた。

 


そして、私にとってひとつの衝撃だったのが、あの「オニオングラタンスープ」だった。

 


ホワイトソースのグラタンをイメージしていた私は、

茶色いスープにとろけるチーズが乗った姿にびっくり。

 


でも一口飲んで、思った。

 


「なんて、シンプルで、優しくて、深い味なんだろう」

 


それは、母のようだった。

 


いつか、私のカフェでもこんな味を出したい。

ご提供まで時間はかかるかもしれないけれど、

きっと、誰かの記憶に残る一皿になる気がする。

 


母と一緒に過ごした喫茶店の時間は、

食べものの味だけじゃなく、

“空間がくれる安心感”や、“共有する時間の愛おしさ”を私に教えてくれた。

 


今、私はカフェを営んでいる。

 


母がくれた小さな思い出のひとつひとつが、

私のカフェのなかに、きっと生きている。

 

笑顔の習慣を♪

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本日、5月5日は言わずと知れたこどもの日ですが

「こどもの日」が制定される前は「端午の節句」であり

男の子の成長を祝う日でした(^○^)

 

中国から伝わった風習の「端午の節句

5月は季節の節目であり「厄払い」を行う日なので

全ての人の健康を願う日でもありますね♪

 

こどもの成長を願うことというのは親だけでなく

昔からコミニティーで受け継がれてきたことと思います。

 

親は子が生まれて立場的に親になるわけだけど、

子を育てていく過程で自分自身も成長させてもらっている。

そんな感じがします。

 

よく完璧な人などいない。

不足を補う合うという言葉を聞きますが、

 

完璧なないけど人の魂はもともと

「完全」なもの。

 

「不足」を感じているだけで

本当は「不足」はないのですね。

人はついつい目先のことに囚われ(←私ね)

自分の持っているものを「ない」と思い込み

他者に「ある」ものを追い求めます。

 

コロナで浮き彫りになってきた思い込みや癖

他者が鏡となって現してくれます♪( ´▽`)

 

現象化したことに不平不満を言っても、

それは、今までの自分の為して来たことが

現れているのです(゚ω゚)

 

修正の合図だと思って怖がらずに向き合っていく。

ここを意識して行動すれば良いのだと思います٩( 'ω' )و

 

世界中の人々が今の変化を受け入れて、

眺めているのではなく、自分起点で変化することを選択

愛と信頼と絆のもとに、1mm、1歩、歩み出したら

世界は良くなってい来ますね☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

 


まず自分に出来ることは「笑顔」でいること。

少しでも1%でも「他者」に優しい眼差しを

向けることを心がけようと思います!

 

 

満月の夜に

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満月の夜は長めのお風呂

満月の夜は、
気持ちが落ち着かなることが
多いのですが、

ここ最近は
朝晩のお祈りと
長めの瞑想と
長めの入浴で

心はとても
落ち着いています♪

今日から不定期に
ブログの更新と
メールマガジン

再スタートしたところです♪
またよろしくお願いします!

本日はお気にりのカフェに行ってきましたよ♪

ここのカフェ、以前はヴィーガン仕様で
グルテンフリーなお店では無かったのですが、

久しぶりに行ってみたら、
全てのメニューがグルテンフリー
ヴィーガンでした!

女子には嬉しい限りです〜♪

私は小麦は食べないですが、
お肉はいただいておりますので

徹底して植物性の食材のみで
展開されているお店を
尊敬いたします〜♪

www.sincere-garden.com



ご一緒した、
健康美容食育上級指導士」の
むらかみさと子さんと
ムフフなコラボ企画のお話をしました!

そして、なんとなんと、
ファスティングマイスター初級検定
先生でもあるので

引き算の栄養学と
足し算の栄養学のお話も聞くことができて

私のグルフリ道にも
磨きがかかるかも?

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